517日(土曜日)、午後2時から4時まで、大東市サーティーホール・公民館2階(洋室)に、9人の参加者がありました。

 

★午後2時から3時までは、『資本論』・第一章「商品」の、第三節・「価値形態または交換価値」・「A 簡単な、個別的な、または偶然的な価値形態」・「2 相対的価値形態」・「b相対的価値形態の量的規定性」の第一パラグラフから始めました。

★①最初に出された疑問は、表題にも使われている相対的価値形態の意味は何か?でした。これに対しては、「価値表現の両極・相対的価値形態と等価形態」に初めに書かれている文が紹介されました。それは「X量の商品A=Y量の商品B」、或いは「20エレのリンネル=一着の上着」という関係において、「種類を異にする二つの商品は、二つの異なった役割を演じている。リンネルはその価値を上着で表現し、上着はこの価値表現の材料として役立っている。第一の商品は能動的役割を演じ、第二の商品は受動的役割を演じている。第一の商品の価値は相対的価値として表されている。すなわち、この商品は相対的価値形態にある。第二の商品は等価物として機能する。すなわち、等価形態にある。」というものでした。これによって、相対的価値形態における商品は、価値表現において、能動的な役割を演じることが了解されました。

②次に出された疑問は、第二パラグラフの次の文に関連してでした。すなわち、「『20エレのリンネル=一着の上着 すなわち、20エレのリンネルは一着の上着に値する』という等式の前提にあるのは、一着の上着には20エレのリンネルに潜んでいるのと全く同じ量の価値の実体が潜んでいること、すなわち、両方の商品分量は等しい量の労働または等しい大きさの労働時間を費やさせることである。」と言われていますが、ここで「等しい量の労働または等しい大きさの労働時間」と言われている点を見ると、「労働」と「労働時間」が同じ意味で使われているが、それでいいのか?という疑問が出されました。

これに対しては、第一章・「商品」の第一節・「商品の二つの要因」の13パラグラフの次の文が紹介されました。すなわち、「労働の量そのものは、その継続時間によって測られ、労働時間はまた、時間、日などのような一定の時間部分を度量基準として持っている。」というものでした。また、ここで問題にされているのは、20エレのリンネルは一着の上着に値するという等式の前提にあるのは何か?であることを考えるなら、「両方の商品分量は、等しい量の労働、または、等しい大きさの労働時間を費やさせる」というのも、納得できるのではないかという返答がありました。

③次に出された疑問は、第七パラグラフの次の文についてでした。そこでは「リンネル及び上着の生産に、それぞれ必要な労働時間、それ故、これらの商品の価値が、同時に同じ方向に、しかし、等しくない程度で変動するか、或いは、反対の方向に変動する等々のことがあり得る。この種のありとあらゆる組み合わせが、一商品の相対的価値に与える影響は、Ⅰ、Ⅱ、およびⅢの場合を応用すれば、簡単に分かる。」と、言われていました。しかし、「Ⅰ、Ⅱ、およびⅢの場合を応用すれば、簡単に分かる」と云うだけでは、不十分ではないかという疑問が出されました。

この疑問に対しては、注20が紹介されました。そこでは、「価値の大きさとその相対的表現との不一致は、俗流経済学によって、利用されて来た。」と言われています。これに対しマルクスは、俗流経済学者が言うように、価値の大きさと、その相対的表現との不一致を利用するなら、10/2010/5010/100を比べるなら、10は不変であっても、その相対的な大きさは減る。だったら、俗流経済学者によれば、101という単位数によって規制されていることも崩壊することになる、と言って反論しています。これによって「不十分ではないか」という不満は解決されました。

 

3時から4時までは、第3篇「絶対的剰余価値の生産」の第8章「労働日」の第6節「標準労働日獲得のための闘争。法律による労働時間の強制的制限。18331864年のイギリスの工場立法」の第3パラグラフから始めました。

ここで出された疑問は、第4パラグラフに「夜間労働、すなわち、この法律によれば、晩の8時半から、朝の5時半までの労働は、9歳ないし18歳のすべての者について禁止された。」とあるが、違反した場合は、どうなるのかというものでした。この疑問に対しては、第9パラグラフに「たとえ個々の工場主が、如何に以前の強奪欲をほしいままにしたいと思おうとも、工場主階級の代弁者、および政治的指導者たちは、労働者に対する態度と言葉を、変えることを命令した。」とあることが指摘されました。

 

5月の「資本論まなぶ会」が終わった翌日です。江藤拓農相が「コメは買ったことがない。支援者がたくさん米をくださるので。家の食品庫には売るほどある」と言い、米の価格高騰に苦しむ人々から非難され、辞任に追い込まれました。これに対し「責任者の緊張感が見えぬ軽口」(松尾貴史)だといった非難が見られます。ただその背景は、農相自身、支配者の立場に立っているから、ではないでしょうか。与野党の対立、更には労資の対立を克服するには、『資本論』を学び、その道を探って行きたいものです。

 

6月の「資本論まなぶ会」は、21日(第3土曜日)・2時から4時まで、大東市サーティーホール公民館(JR住道駅から南へ徒歩5分)・講義室(洋室の向かい部屋)で行います。

午後2時から3時までは、『資本論』・第一章「商品」・第三節「価値形態または交換価値」・「A 簡単な、個別的な、または偶然的な価値形態」・「3 等価形態」の第1パラグラフから始めます。

午後3時から4時までは、第3篇「絶対的剰余価値の生産」の第8章「労働日」の第6節「標準労働日獲得のための闘争。法律による労働時間の強制的制限。1833年~1864年のイギリスの工場立法」の第10パラグラフからします。

 

多くの方の参加を願います。

 

426日(土曜日)、午後2時から4時まで、大東市サーティーホール・公民館2階(和室)に、6人の参加者がありました。

 

★午後2時から3時までは、『資本論』・第一章「商品」の、第三節・「価値形態または交換価値」のA・簡単な、個別的な、または偶然的な価値形態、②「相対的価値形態」・a「相対的価値形態の内実」の第8パラグラフから始めました。

 

★①先月、宿題として残されていた問題ですが、何とか解決することが出来ました。そこでは「上着がリンネルに対して価値を表すことは、同時にリンネルにとって価値が上着という形態をとることなしには、出来ないことである。ちょうど、個人Aが個人Bに対して陛下に対する態度を取ることは、同時にAにとって陛下がBという肉体的姿態を取ること、したがって、顔つき、髪の毛、その他なお多くのものが、国王の交替のたびに替わることなしには、出来ないように。」と言われています。

しかし、その例えの意味がいま一つ分からないという疑問でした。ただ、仮に例えの意味が分からないとしても、本文の主旨が分かればいいのではないか。ここでは、リンネル=上着という関係において、上着の現物形態が、リンネルの価値形態となるという本文の主旨は確認出来ましたので、それでこの問題は終わりとしました。

 

②次に出された疑問は、第10パラグラフにある「労働は人間的労働という抽象的属性において、リンネル自身の価値を形成する…」という点の意味が分からないというものでした。

これに対しては、第二節の「商品に表される労働の二重性格」の次の文が指摘されました。それは「生産的活動の規定性、したがって労働の有用的性格を度外視すれば、労働に残るのは、それが人間的労働の支出であるということである。裁縫労働と織布労働とは、質的に異なる生産的活動であるにも拘らず、共に、人間の脳髄、筋肉、神経、手などの生産的支出であり、こうした意味で、共に、人間的労働である。」というのです。ここでは、商品の使用価値ではなく、価値を形成する労働の、抽象的な属性が指摘されています。これによって、「人間労働という抽象的属性」の意味が確認されました。

 

③次に出された疑問は、第11パラグラフにある「価値鏡」の意味は何かでした。そこでは「価値関係の売価によって、商品Bの自然形態が商品Aの価値形態となる。言い換えれば、商品Bの身体が商品Aの価値鏡となる。」と言われています。

これに対しては、その後に書かれていることによって、確認されました。そこでは「商品Aが価値体としての、人間的労働の体化物としての、商品Bに関連することによって、商品Aは、使用価値Bを、それ自身の価値表現の材料にする。商品Aの価値は、このように商品Bの使用価値で表現されて、相対的価値と云う形態をもつ。」と言われています。これによって、商品Aの価値が、商品Bの使用価値によって映し出される有様が明らかになりました。

 

3時から4時までは、第3篇「絶対的剰余価値の生産」の第8章「労働日」の第6節「標準労働日獲得のための闘争。法律による労働時間の強制的制限。18331864年のイギリスの工場立法」の第一パラグラフから始めました。そこは「資本が労働日をその標準的な最大限まで延長し、次いでこれを超えて12時間という自然日の限界にまで延長するのに数世紀を要したが、その後今度は、18世紀の最後の3分の1期に大工業が誕生して以来、雪崩のように強力で無制限な突進が生じた。」といった文から始まっています。

ここを読み進めていたら、もっぱら労働者が置かれている深刻な労働条件に対し、批判的な記述がないといった不満が出されました。これに対しては、ここは「絶対的剰余価値の生産」が問題にされているのであって、労働時間の延長が指摘されている、しかし、資本論全体を考えるなら、労働者に資本に対する闘いが取り上げられている、という指摘がありました。例えば、第7章では「労働力の搾取率」が問題にされていることが挙げられました。

 

51日はメーデーであり、3日は憲法記念日でした。大阪城公園や、扇町公園などで、それぞれ集会が開かれました。メーデーは1886年に、アメリカの労働者が8時間労働制を要求して闘ったのが起源です。また、戦後の憲法では、明治憲法に替わって、平和、民主、人権などが謳われています。ただ依然として、社会の土台は資本の支配によって成り立っています。『資本論』を学び、共に活動に生かして行きましょう。

 

5月の「資本論まなぶ会」は、17日(第3土曜日)・2時から4時まで、大東市サーティーホール公民館(JR住道駅から南へ徒歩で5分)・洋室で行います。

午後2時から3時までは、『資本論』・第一章「商品」・第三節「価値形態または交換価値」・「A 簡単な、個別的な、または偶然的な価値形態」・「2 相対的価値形態」・「b相対的価値形態の量的規定性」の第1パラグラフから始めます。

午後3時から4時までは、第3篇「絶対的剰余価値の生産」の第8章「労働日」の第6節「標準労働日獲得のための闘争。法律による労働時間の強制的制限。1833年~1864年のイギリスの工場立法」の第3パラグラフからします。

 

多くの方の参加を願います。

 

315日(土曜日)、午後2時から4時まで、大東市サーティーホール・公民館2階(洋室)に、9人の参加者がありました。

 

★午後2時から3時までは、『資本論』・第一章「商品」の、第三節・「価値形態または交換価値」のA・簡単な、個別的な、または偶然的な価値形態、②「相対的価値形態」・a「相対的価値形態の内実」の第6パラグラフから始めました。

3時から4時までは、第3篇・「絶対的剰余価値の生産」・第8章「労働日」・第5節「標準労働日獲得のための闘争、14世紀中葉から、17世紀末までの、労働日延長のための強制法」の第5パラグラフから始めました。

 

★出された疑問は、「相対的価値形態」・a「相対的価値形態の内実」・第6パラグラフの次の文についてでした。「もっとも、リンネルの価値を構成している労働の独自な性格を表現するだけでは十分ではない。」というが、労働の独自な性格とはどういう意味かというものでした。

これに対しては、その直前の第5パラグラフで言われていることが指摘されました。すなわち、「織布労働との等置は、裁縫労働を、両方の労働の中の現実に等しいものに、人間的労働という両方に共通な性格に、実際に還元する。」と云われていることです。これによって、「両方の労働の中の現実に等しいもの」や、「人間的な労働という両方に共通な性格」が、「リンネルの価値を構成している労働の独自な性格」であることが、理解されました。

次に出された疑問は、同じ第6パラグラフの次の文についてでした。「リンネルの価値を人間的な労働の凝固態として表現するためには、リンネルの価値は、リンネルそのものとは物的に異なっていると同時に、リンネルと他の商品とに共通なある『対象性』として表現されなければならない。」というが、「対象性」という言葉の意味が分かり難いというものでした。

これに対しては、訳の違いによっては、対象性ではなく、対象となっていることも指摘されました。ただ、「性」には、物事の傾向を表す意味があることから考えるなら、対象と言えば、直接的な性格を表し、対象性と言えば、より一般的な性格を表すことが指摘されました。

更に、第8パラグラフですが、次のようになっています。「上着の生産においては、裁縫労働という形態のもとに、人間的労働力が実際に支出された。したがって、上着の中には人間的労働が堆積されている。この面からすれば、上着は『価値の担い手』である。もっとも、上着のこの属性そのものは、上着がどんなにすり切れても、その糸目から透けて見える訳ではないが。そして、リンネルの価値関係の中では、上着はただこの面だけから、それゆえ、体化された価値としてのみ、価値体としてのみ通用する。ボタンをかけた(よそよそしい)上着の外観にも拘らず、リンネルは、上着のうちに同族の美しい価値魂を見て取ったのである。しかし、上着がリンネルに対して、価値を表すことは、同時にリンネルにとって、価値が上着という形態をとることなしには出来ないことである。ちょうど、個人Aが個人Bに対して、陛下に対する態度を取ることは、同時にAにとって、陛下がBという肉体的姿態を取ること、したがって、顔つき、髪の毛、その他なお多くのものが、国王の交代のたびに替わることなしには、出来ないように」。

ここで出された疑問は、最後の例え話は、よく分からないというものでした。これに対しては、一定の返答はありました。がしかし、納得のいく返答ではないとして、この疑問は宿題となりました。

 

3時から4時までは、第3篇「絶対的剰余価値の生産」の第8章「労働日」の第5節「標準労働日のために闘争。14世紀中葉から17世紀までの労働日延長のための強制法」の第8パラグラフからしました。ここでは、「18世紀の大部分のあいだ、大工業の時代に至るまでは、資本は未だ、イギリスで、労働力の週価値を支払うことによって、労働者の一週間をまるまる領有することには成功していなかった。」「四日間の賃金で、まる一週間生活出来たからと言って、労働者たちにとっては、そのことが残りの2日間をも資本家のために労働しなければならぬ十分な理由になるとは思われなかった。イギリスの経済学者の一派は、資本のお気に召すように、このわがままを怒り狂って非難したが、他の一派は労働者たちを擁護した。」と指摘し、18世紀当時の労使関係の在り様を示していました。

 

41日、近くの店に買い物に出かけていたら、大学の入学式帰りの若者たちの姿が見えました。すでに70歳を超えた老人としては、若者に戻ることは出来ません。しかし自らの原点というべき、学生時代を思い出し、当時の問題意識を原点として、再出発すべきではないかと思いました。『資本論』を学び続け、一貫した人生を過ごしたいものです。

 

4月の「資本論まなぶ会」は、264土曜日)・2時から4時まで、大東市サーティーホール公民館(JR住道駅から南へ徒歩で5分)・和室で行います。

午後2時から3時までは、『資本論』・第一章「商品」・第三節「価値形態または交換価値」・「A 簡単な、個別的な、または偶然的な価値形態」・「2 相対的価値形態」・「a 相対的価値形態の内実」の、第9パラグラフから始めます。

午後3時から4時までは、第3篇「絶対的剰余価値の生産」の第8章「労働日」の第6節「標準労働日獲得のための闘争。法律による労働時間の強制的制限。1833年~1864年のイギリスの工場立法」の第1パラグラフからします。

 

多くの方の参加を願います。

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